時に明治16年(1883年)頃。長崎の黒崎村出津村(現在の長崎市外海町)に赴任したフランス人宣教師マリク・マリ・ド・ロ神父は、布教の傍ら、現地に煉瓦造・平屋建のマカロニ工場を建設し、村人と一緒にパスタの製造を始めたと言われています。
これが日本において「初めて生産されたパスタ」となりました。今や、約30万トンの消費量を誇り、子供からお年寄りまで愛される国民食となった「スパゲティ料理」ですが、そのルーツは長崎でした。
時に明治16年(1883年)頃。長崎の黒崎村出津村(現在の長崎市外海町)に赴任したフランス人宣教師マリク・マリ・ド・ロ神父は、布教の傍ら、現地に煉瓦造・平屋建のマカロニ工場を建設し、村人と一緒にパスタの製造を始めたと言われています。
これが日本において「初めて生産されたパスタ」となりました。今や、約30万トンの消費量を誇り、子供からお年寄りまで愛される国民食となった「スパゲティ料理」ですが、そのルーツは長崎でした。
平成23年より、長崎県が展開する「来てみんね!長崎 食KING王国」の中で、改めて「日本最古のパスタ」の歴史と文化性、そのノスタルジックな食が着目されその「復刻プロジェクト」がスタートしました。
復刻作業は、往時の「製法・技術の忠実な再現」。また「ド・ロ神父が伝えたかったであろうテイストの再現」を目指し、専門家や有識者の協力を得ながら進められました。
度重なるテストを経て、現存する外海町の加工工場での製造にも成功。完成した試作品には、県内県内外の関係者から大きな反響が寄せられました。
「長崎スパゲッチー」というノスタルジックなネーミングは、長崎県観光PRアドバイザー・西川りゅうじん氏によるものです。
復刻された「長崎スパゲッチー」は、往時の手延製法そのままに、神父が伝えたかったテイストに限りなく近づける為の「独自の配合と製麺技術」への研究を通して、伝来の原点を髣髴とさせる味わいが完成しました。パスタらしい「弾力のある食感」と日本古来の手延べ製法ならではの「もちもちした食感」が特徴です。
神父が教えたパスタ作りには、遠い故郷であるフランスやヨーロッパ、そして「マンマの味(お母さんの味)」へのオマージュが込められていたに違いありません。